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河口から山頂へ 〜ランニングジャーニー・Zero to Summit〜Vol. 1 山梨篇その4

砂糖はどこだ
 河口から80キロで猿橋に到達。江戸時代またはその前からいったいどれだけの人がここを通過したのだろう。平塚からこの橋を渡って富士山をめざした人はいたのだろうか。もしいたら、彼とはこんな会話になるに違いない。「しかしお前さんも好き者だねぇ」。


 去年の冬にちびっ子登山会での登った岩殿山を右手にあおぎながら大月着。この岩殿山、日本のエル・キャピタンとでも呼びたくなるような見事な絶壁をなす岩山で、取り付き地点から仰ぎ見るととても登れる気がしないのだが、ドッコイちびっ子でもちゃんと登れるし、富士山をはじめとする山頂からの眺めは絶景の名山である。
 その岩殿山を眺めながら3回目のコンビニ補給。すでに流動食しかのどをとおらない。店に入るなり、無意識のうちにソフトボール大の砂糖の塊をさがす。そんなものが売ってるわけなどないのに、本能が強烈に砂糖を欲しているのだ。しかしここまでくれば残り20キロ、あとひとっ走りだ。しかしその油断がいけなかった。
 大月橋を渡り、甲州街道とともに西進する笹子川とはわかれて南下を開始。桂川と富士急大月線にそって、本日の宿・富士山駅に向かう。

「がんばって」が沁みながら

 桂大橋を渡ったところで、観光中らしき通りがかりの老婦人から「がんばってぇ」と声援を受ける。こういう不意打ちには弱い。あとからジワジワくる。一瞬のできごとだったので笑いながら適当な相づちをうったが、どうして一人で走っているぼくに、どういう気持で声をかけてくれたのだろうなどと考えていると、心の深いところにジワジワと沁みこんでくる。
 以前にも、走って出勤している最中、通りすがりのおばあちゃんに声をかけられたことがある。消え入りそうなかぼそい声で「がんばってぇ」と聞こえた。はじめはなにかの聞きまちがいかと思ったが、おばあちゃんは確かにそう言ったのだ。そのときもあとからジワジワきた。
 いい気分になって桂川に目を落とすと、古い岩盤の上に新しい岩の層が薄皮のように重なっているような奇岩が見えた。もしかしたら富士山の溶岩流が桂川ぞいに流れてきたのだろうか。おもしろい景色だった。


 89キロでリニア実験線をくぐったあたりからなぜか急速に足が重くなってきた。大月でもう大丈夫と油断したことがよくなかった。加えて大月から先はアップダウンがなく、すべて登りの一本調子。足元からスタミナが漏れていくかのようにペースが落ちていった。

こっちを走りなさい
 都留市駅をすぎ、市街地に入ってきた。意外にもなかなか立派なまちであることに驚く。いつも車や電車で通り過ぎるだけだったので気づかなかったのだが、交通の要衝地として、甲府につぐ山梨県第二の都市として発展してきたのだとか。

 まちなかの家中川がよく、なんと小学校の校舎の真下を流れている。谷村城跡であるこの谷村第一小学校と相模川河口がつながっていると思うとなんだかおもしろい。こういう風景が残っている町は、ひとびとの歴史と誇りがつまっているはずだ。この町にはぜひ一度じっくりと訪れに来なければ。


 河口から95キロ、都留文科大学前駅前で最後のコンビニ補給。暗くなりはじめ、晩ごはんのことも考えはじめないとと思いつつ、ちょいと小腹を満たそうとコロッケパンを買ったのが大失敗。ものすごい胸焼けがはじまり、まったく走れなくなってしまった。ウェップ。
 富士山駅までひたすら延びる登り道が、今のぼくには辛すぎる。あっという間に真っ暗になったので、狭い国道139号線でクルマに接触されないように、点滅ライトを背面につけてトボトボ歩く。すれちがう人みな、この男はいったい何をやってるのだろうといぶかしんでいたことだろう。苦しいなぁ、辛いなぁ。ウェップ。
 前方から歩いてくる年輩のおっちゃんが、こっちこっち! と手ぶりをくわえて、なぜか怒ったような顔をしている。なんだなんだ、こんなところを走るなって言ってるのか?! とムッとしたが、よく見るとそのおっちゃんは道路側に寄ってくれている。そうか、走っているぼくに気をつかい、そのまままっすぐ走れと言っているのか。

 軽い衝撃が走った。怒っているようにみえていたおっちゃんは、声にこそ出さなかったけど、がんばれよと言いたげな顔でうなずいていた。なんていいおっちゃんなんだろう。またじんと胸が熱くなった。
 三つ峠駅でちょうど河口から100キロ。あとは歩いてでもたどり着くところまできたが、できる限り走ってみる。宮川橋で宮川をわたり、最後の商店街の直線を走る。
19:42、106.5キロでゴール。一時間半スタートが遅かったわりに、予定より40分の遅れただけだったので、全体としては頑張ったほうではないだろうか。
 さっそく宿に入り、シャワーを浴び、ビールとラーメンを流し込んでさっさと床についた。明日に備えてというのもあるが、2本目のビールを飲む余裕もなく、テレビもない安宿の相部屋では何もすることもないのがかえって都合よかった。

 

 

文・写真提供:二神浩晃

その5へつづく


“Zero to Summit 47” Vol. 1 山梨編

実施日:2017年9月23日(土)~24日(日)

最高峰:富士山(剣ヶ峰)3,775.5m

ルート:相模川水系(相模川、桂川)

距 離:135.7km
VOL.1山梨篇その1はコチラ

河口から山頂へ 〜ランニングジャーニー・Zero to Summit〜Vol. 1 山梨篇その1

VOL.1山梨篇その2はコチラ

河口から山頂へ 〜ランニングジャーニー・Zero to Summit〜Vol. 1 山梨篇その2

VOL.1山梨篇その3はコチラ

河口から山頂へ 〜ランニングジャーニー・Zero to Summit〜Vol. 1 山梨篇その3

 

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水流ランナー 二神浩晃(ふたがみひろあき)