ガスの北鎌尾根
はっきり言おう。
北鎌尾根への急登やゴジラの背のような岩稜帯の本尾根は、
いたる所でリアルに死の匂いがした。
決して難しいクライミング技術は必要ないが、ある種の平常心と基本技術、
そして高度感の克服なくして達成は難しいだろうか。
さて、その死の匂い、ソロということで自分との対話が浮きぼりになったのもあるだろうし、
視界不良という天候も拍車をかけたかもしれない。
(独標目前0900頃)
目標としていた独標(独立標高点といって一つのピークである)は、
垂直にちかいクライミングだった。
なるほど、ここをトラバース(登らずに巻道を横切ってすすむ)する登山者がおおいのもうなずける。
北鎌尾根を単純に通過したいだけならそれでもいいが、
一度諦めかけたものの独標完登にはこだわりたい。
登攀ルートのイメトレをして取りつくものの、握った岩一つボロっといったら、
落ちていくあの石コロ同様に自分がそうなることを想像する…。
岩壁の割れ目に肘を突っ込み支点(これをジャミングという)にするなど
健闘した結果、独標に立った。
あとから思うと、ここがこの日の核心だったように思う。
独標だけで30分くらいかかったんじゃなかろうか。
独標では先行するソロの登山者を確認した。
独標を越えると、視界はさらに悪化。
いいとこ見えるのは15m先で、槍の穂先はもちろん見えない。
この日の「昼頃からガスは次第になくなる」との予報に反しての天候下、
ルートファインディングは困難を極めた。
(ガスの北鎌尾根1030頃)
そんな中、痛恨のロスト(自分のいる場所を把握できない)をした。
コンパスをみるとなんと正反対の北にむかっているではないか。
本来、槍ヶ岳へは南である。念のために持参したGPSを取り出す。
そう、こんなときは往々にして自分が正しいとバイアスがかかってしまうものだ。
深呼吸をし冷静になれと自分にいいきかす。
尾根上からはいつしか外れ、険しい岩稜から入り組んだ深い谷底が
不気味にガスでみえ隠れしている。
はじめての北鎌尾根にして、やはりなかなかの試練であった…。
妙なもので、こんなときこそ発信しなけりゃ?
とツイッターで「視界悪いね~。辿りつけんのか?」なんて投稿する。
おそらく、冷静になれとバランスをとろうとしての行動だと思うが、
こういうのが軽いね~などと言われるゆえんであろうか(笑)
地図を睨みつつ五感を総動員してルートを探り、
先ほどとはちがう岩稜帯を冷静に引き返した後、
ようやくゴジラの背中のような尾根上に戻ることができた。
30分ほどのロスだったが、動揺を抑えつつ南の槍への歩みを再開する。
槍の穂先は依然見えない。
しばらくすると、わりと平坦な開けた場所に出る。おそらくここが槍平だろうか。
レリーフや時折りあるケルンなどの人工物が、
ルートファインディングに難儀している身には、内心安堵となる。
高度計が3,000mを超えてくる。
なんども手で掴み足で引っかけた岩を試しつつ、垂直に近い岩壁を無心で登攀しているとき、
たしかに人の声が聞こえた。「山頂が近い」そう思った。
山頂の祠の横から顔をだして這い上がると、居合わせた登山者の方たちから、
北鎌尾根から登ってきた登山者への恒例の拍手をいただく。
独標やロストでかなりタイムロスしたが、予定どおりPM12時ちょうどだった。
しばしの談笑後、下山をはじめ肩の小屋で補給しがてら小休止をする。
北鎌尾根をやり終えての安堵が、笑みとなって顔に表れるのが自分でもわかる。
むしろこんなときは危険である。
山での事故は下山時や核心ポイントから外れたところでおおいのだ。
ましてやバリエーションルートではないものの、これから岩稜帯の東鎌尾根をいくわけだ。
細心の注意ですすむ。
険しい岩稜帯を終えると、ヒュッテ西岳にでる。
ここからはわりと登山道も険しくないところがおおく、走るモードに切り替える。
簡易動画をつくるべく、持参したストックの先にカメラをつけたりと自撮りをしつつ、
表銀座を目一杯楽しむ…。
暗くなろうがタイムが遅くなろうが、そんなことはもはやどうでもよかった。
1DAYが成立すればいいだけである。
燕山荘で大勢の登山者と夕刻の絶景をしばし堪能した。
最後まで槍ヶ岳は遠景から見えなかったけど、
合戦尾根ではきょう1日の一コマ一コマを追憶しつつ、
噛みしめるように惜しむようにゆっくり歩いて下山した。
準備から日々のトレーニング、ガスで困難なルートファインディングに
足場の悪いバリエーションルートといった好環境下ではなかったからなおのこと、
会心の北鎌尾根1DAYスピード登山となった。
(つづく)
文・写真:田中ゆうじん
田中ゆうじん プロフィール
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