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アイスクライマーズ・エッセイ 〜八木名恵の氷壁アックスボンバー〜 その4

さて、予選の朝。その日は大雨だった。

あらゆるケースを想像はするも、特別なことはしないように心がけている。世界中、何処にいても出来ることをやるだけだ。

持参したケトルでお湯を沸かし、コーヒーを飲む。少し血糖値が上がるようなものを食べる。

忘れ物がないか再度確認して、お気に入りの音楽と一緒に安全にコンペ会場に移動する。私にとって、とても大事なことだ。ゲン担ぎは右足から靴下や靴を履くくらいのもの。

本当は朝にシャワーやバスタブに浸かりたい。けれど、いつもシャワーが使えるとは限らないし、バスタブがない宿に泊まることの方が多い上、逆に冷えてしまう可能性だってある。いつも熱めのシャワーがある保証はない。

コレがなかったから、コレを食べなかったから…などというイイワケをしない為の私なりの工夫だ。

移動の前にジョギングもしない。いつも舗装された道が目の前にあるワケじゃない。早朝で外は真っ暗の場合がほとんどだし、雪や氷で地面が埋まっているかもしれない。1000m以上の場所に滞在していることも多く高所順応能力の低い私にはその様な場所でジョギングなんて体が温まる前に酸欠になってしまう。

こんな風にたくさんの言い訳が言えるくらい私は至ってフツーの主婦なのだ。

1つ信じていることはコンペの日の朝にジタバタしても結果は大きく変わったりしない。コンペの日までにどれくらい、どのような準備(練習)をしたかで結果は決まっているということ。

 

前述の通り、今回は2ルートを登る。ルートの内容等は私よりずっと賢いクライマーさん達の記述があれこれあると思われるのであえて割愛させて頂いて、もう少しだけ主婦が感じたことをお伝えしたい。

この日の天気は雨から雪に変わる厳しいコンディション。誰だって晴天の中、極寒でないところで登りたいが、そういうわけにはいかない。つまりビショビショになりながら寒さに凍えつつ集中力を維持することも求められる日だった。

私はというと、オブザベーション時(全選手同時に与えられたルートのみの下見をすること。その際、双眼鏡の使用と紙とペンによるメモは可だが、記憶媒体:カメラやボイスレコーダーの使用と通信機器の使用は禁止)に2つのルートを観察し、メモしたにも関わらず、どうしてもそれぞれのルートを頭の中で整理して分離させることができなかった。頭の中はゴチャゴチャだ。

それでも、「覚えてないんで試技の順番を最後にしてください。」とはならないので、現場処理で対応していく。

女子の15番目に1本目を登り、6分休憩の後、2本目を登る。インターバルトレーニングの様な、ボルダーコンペの様な方式は前腕のパンプと共に脳にも乳酸が溜まって思考停止に追い込まれていく感じがする。

結果は…18人予選通過のところ、19位となり悔しい思いをした。

そんな中、日本人勢はNさんが予選を通過。夕方からの準決勝に駒を進めた。

単純に同じ日本人が予選を通過していくことは嬉しく思う。

 

猛烈な時差ボケに屈しながら、夕方から夜にかけて男女準決勝を観戦。「お疲れさま~」なんて言いながらビール片手に夜をゆっくり過ごしたい願望を抱きつつ、翌日も早朝からSpeed(如何に速く登れるかを競う種目)があるため会場で少しのディナーを口にしてホテルに戻る。

朝06:00に出発して21:00頃会場を離れる、長い1日。翌日は更に早い出発に加えて、更に寒さが厳しくなるという。恐ろしいことこの上ない。

先ずは寝坊しない様にと祈りながら眠りに落ちた。

 

その5へつづく

(文・写真提供:八木名恵)

※この文章は八木名恵の主観であり、クライミングに対する意見ではありません。 八木名恵はコンペティターであり、山岳全般の専門家ではありません。アウトドアアクティビティーを楽しまれる際は専門家の意見を参考にして頂き、安全やマナーに十分配慮して無理のない計画をお願い致します。

その1はコチラ↓

アイスクライマーズ・エッセイ 〜八木名恵の氷壁アックスボンバー〜 その1

その2はコチラ↓

アイスクライマーズ・エッセイ 〜八木名恵の氷壁アックスボンバー〜 その2

その3はコチラ↓

アイスクライマーズ・エッセイ 〜八木名恵の氷壁アックスボンバー〜 その3

 

八木名恵プロフィール

プロアイスクライマー八木名恵(やぎなえ)