category:

サイクリスト小口良平の地球一蹴ちゃりんこ世界一周☆の旅 その2中央アジア

10934461_10205297245725935_1284928681_n

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、世界151カ国16万km自転車の旅をされている

サイクリスト小口良平さんの 旅の手記の第二弾です。

ド級!では、小口さんの壮大な自転車旅のスタートからの手記を

小口さんご自身のセレクトでおおくりしています。

今回は中央アジアでの旅の様子をどうぞ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

20ヵ国目のウズベキスタンの首都タシュケントに到着いたしました。

ここは中央アジアの中で一番の都市になると思います。

とにかく警官の数が多いのが特徴です。

9月1日の独立記念日が近いせいもあるそうですが・・・。

中央アジアの警官はワイロで有名です。

なにかと文句を言ってはワイロを要求してきます。

現に私もウズベキスタン国境で10$のワイロを断ったために、

入国を4時間も待たされました。

明らかに嫌がらせでした。

時には長いものに巻かれろということも必要ですが、

日本人である私には納得できないことも多々あります。

 

季節は夏本番ですが気温は37℃くらいと、

この地方では過ごしやすい方です。

天候は乾季のため雨はずっと降っていません。

しかし到着したその夜、震度3~4ぐらいの地震がありました。

知り合った方の庭先を借りて、マット1枚で寝ていましたので

すぐに飛び起き避難できました。

弱い横揺れが20秒くらい続いた後に、

震度3~4の強い揺れが起こりました。

日本での震災がトラウマのように甦りました。

幸い、震源地は東部の方でタシュケントは被害も少なかったようです。

聞けばタシュケントは20年前に大地震もあり、

わりと頻繁に震度3の地震はあるそうです。

その夜は緊張しっぱなしのままで、寝れたものではありませんでした。

きっと日本での体験が心に強いトラウマとして残っているのだと思います。

同時に日本の状況も気になってしょうがありませんでした。

異国にて旅をしていると、そうそうにニュースも入ってきません。

日本のみなさんの平穏な日々を心から祈ってます。

10904245_10205297242845863_702202784_n

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回と重複しますが、改めてまとめたこれまでの走行を簡単にお話します。

4月18日、博多港より韓国・釜山港に渡り、中国の天津港へと進み、

中国のシルクロードを約4000km走りました。

そして中国のウイグル自治区・ウルムチより西側の国境を越えて

カザフスタンに入りましたのが、6月2日です。

ちょうどカザフスタンのバイコーラスで

スペースシャトル発射のあった時期にいました。

ここから舞台はソビエト連邦社会主義国家の影響を受けた

中央アジアになります。

人種もロシア系民族が交わり、一気に顔つき、文化が変わります。

イスラム圏であっても肉食で酒も飲むという文化圏になります。

わりと豊な暮らしをしているカザフスタンから、

同じ遊牧民でもまだ暮らしがさほど良くないキルギスに入国しました。

キルギスでは隣国ウズベキスタンとの暴動が去年あったばかりなので、

治安に気を配っていましたが、特段危ない目には遭いませんでした。

10592452_10205297245965941_733020892_n

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キルギス南部からタジキスタンへの入国のルートから、

段々と山道になってきました。

それも標高400m~最高位4655mまで上がる峠が13つ。

1つの峠の標高差は2000mをゆうに越えます。

トータルした13の峠の標高上昇値は15,000mを越えました。

さらに道はオフロード。

それもいまだかつてない道でした。

岩石、倒木、川越、しまいには砂漠状態の砂の中も走りました。

何度も転倒、落車しました。

この地方は食料も水の補給もできないことを考え、普段より多くの荷物となり、

総重量は自転車含めて70kgを超えました。

重さは原動付自転車、スクーターと同じくらいです。

そんな重さの物をときに押さざる得ないような道でした。

道がまともではないので車輪がうまく回ってくれません。

上り下りともに、ハンドルコントロールが難しく、

常に前進全霊でブレーキを握っていたので、

全ての爪が深爪のようになり、割れて炎症を起こしました。

肩の張りもひどく、全身がブリキ人形のように

固くぎこちない動きになっていました。

朝5時~日の沈む夜21時まで走り続けたので、

毎日疲労困憊です。

転倒時の傷もあり、満身創痍、見るからにズタボロでした。

天候は雨、雷、雹に吹雪、渓谷沿いのため常に向かい風でした。

気温は‐10℃~40℃。

その中でのキャンプも過酷なものでした。

結果、キルギスのビシュケクを出たのが6月23日でしたから、

ウズベキスタンのタシュケントに到着した7月19日まで26日間、

一度も休まず3200km走り抜きました。

その間、お風呂には13日間入れない状態もありました。

10921684_10205297292607107_1887365772_n

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしここまで苦労してここに来たのには理由があります。

それは世界一美しい道「パミール高原」がタジキスタンにあるからです。

世界中のサイクリストの憧れの場所だと言います。

道を含めて、この環境を走りきることができれば、

サイクリストとして一人前になれるとも言われてます。

言い換えれば、

「このパミール高原を走れれば、世界中どんな場所でも走れる!」

ことになります。

そんな殺し文句のような場所に行かなければ、

しっぽ巻いて逃げたと言われてもおかしくありません。

日本人サイクリストの意地と誇りにかけてでも、ここは行くべき場所です。

と、息を巻いて出発しましたが、予想を遥かに超える環境に愚痴の毎日でした。

「なんでこんな場所に来てしまったのだろう・・・」

しかしそんな後悔を一瞬で吹っ飛ばしてくれる出来事に何度も遭いました。

人里離れて2日。

1日3台通るか通らないランガー渓谷。

車が来る気配が15分前から分かりました。

それは「音」ではなく、「臭い」で分かりました。

車のガソリンの臭いです。

こんなにもガソリンの臭いが、自然界の臭いに溶け混めないものだと

初めて知りました。

普段、車社会の中で生活している我々の鼻は、

完全に麻痺して本来の機能を十分発揮していなかったのです。

いや、逆に鼻が防衛本能を十分に発揮しているのかもしれません。

でなければあんなひどい臭いをずっと認識して暮らすことができません。

人間の頭はおかしくなってしまいます。

いかにここパミール高原が、人間に踏み荒らされていないかというのがわかりました。

ここパミール高原では、深い山に囲まれているため豊富な水があります。

そして果物の豊富なこの時期はいたるところに

アプリコットやチェリーなどが取れます。

好きなところで休憩し、好きなところで食事し、好きなところで唄い、

好きなところで読書し、好きなところで瞑想し、好きなところで寝れます。

それも誰もいない世界で。

これまで走ってきた3年間で、2日間も人に会わない世界はありませんでした。

こんな場所でのキャンプの一コマ。

夜中に尿意を感じてテントの外に出ました。

しかし慌ててテントの中に戻りました。

別に目の前に熊や狼がいたわけではありません。

いたのは、大自然!

「星」です。

これでもかってくらいの輝きで、暗い部分を探すのが難しいくらいの無数の星。

夜空を埋め尽くす星とはこういうことを言うのだと思いました。

その星が降ってくるかのように目の前にあるのです。

星が襲ってくると言っても過言ではありません。

少し過激な言い方をすれば、大空襲です。

手を伸ばせば、100個くらいは手中におさめられそうでした。

人間の本能は、人智を超えた世界に遭遇したとき、

畏怖することを知りました。

圧倒的な大自然の前では、いかに自分が無力で

ちっぽけな存在なんだと思い知らされました。

でもこんなちっぽけな自分も、その世界、自然の1つだと思うと、

不思議と心からリラックスできました。

こんなパミールの世界での体験は生まれて初めてです。

私の過去一番の場所、チベットを、道も景色も匂いも全て超えました。

あのチベットを超える世界はないだろうと思っていましたので、

今回のチベット超えに大いに喜びました。

世界は広い!

他にもパミール超えをする場所が絶対にある!

飽くなき探求心、次なる感動と興奮を目指して爆走します。

10945396_10205297237965741_25673361_n

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな素敵なパミール高原ですが、ここはアフガニスタンの国境地でもあります。

戦争の爪痕は今も残っています。

まだ地雷も未撤去の地域もあり、道の端には廃車した戦車もありました。

いち早くパミールの子供たちに安全な暮らしが来ることを願ってやみません。

10951484_10205297241605832_1386466108_n

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事にパミール高原の走行を終え、急いで次なる国ウズベキスタンに入りました。

理由はビザの有効日数がシビアだからです。

隣国のビザを取るのに、待機する時間が長いのが中央アジアです。

タシュケントには7月26日までいる予定です。

タシュケントで次なる国のビザを3つ取る予定です。

21ヵ国目トルクメニスタン、22ヵ国目イラン、23ヵ国目アゼルバイジャンビザです。

イランビザ、アゼルバイジャンビザは7日くらいでとれるのですが、

トルクメニスタンビザはトランジット5日ビザにも関わらず8月8日の仕上がり で、

20日かかると言われました。

ウズベキスタン滞在ビザが8月13日に切れてしまうので、先に進み、

ビザの仕上がりに合わせてバスで戻ってこなくてはなりません。

中央アジアのビザは問題ばかりです。

しかし1つ1つ片付けていくしかありません。

 

ビザ以外に1つ不安要素があります。

それはイスラム圏のラマダン(断食)です。

日入りから日没までは、食事も水も一切摂ることができません。

期間は8月1~8月31日までです。

この時期は、イスラム圏のウズベキスタン、トルクメニスタン、イランを

走行する予定でいるので、もろにラマダンに当たります。

さらにこれから向かうところは日中は45℃~50℃になるそうです。

水が確保できるかどうかが一番不安です。

しかし、心のどこかで特殊な経験が出来るという期待もどこかにあります。

日々、楽しむことだけは忘れずに走りたいと思います。                            」

 

 

 

追伸

 

タジキスタンでの写真、全て三脚を置いて撮りました。

今のカメラはセルフタイマーで10~20秒の物があります。

曲りなりとも伝える仕事をしたいと思っていますので、

三脚を使って撮るのがうまくなりました。

しかしこのタジキスタンの写真もそうですが、ベストショットを撮るのに最低

10枚くらいシャッターを切っています。

何度も構成を変えたり、自分の立ち位置を変えたりしています。

ちなみにこの岩や砂漠の写真は、自転車をまず定位置におきます。

そしてシャッターボタンを押すのと同時に

ダッシュで自転車の位置まで走ります。

そして力いっぱいで自転車を起こしポーズを撮る。

いい写真を撮るのは容易じゃありませんね。

ときに他のサイクリストと一緒のときは、写真を撮ってもらえて楽なのですが、

自分のお気に入りの写真を撮ってもらうのは難しいので、セルフタイ マーが一

番楽ですね。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次回へ続きます。

<小口良平さんのプロフィール>

こちらからご覧ください。 ↓↓↓

http://docue.net/archives/extremer/oguchiryohei

 

旅のブログはコチラ ↓↓↓

http://ameblo.jp/gwh175r/

 

小口さんへのの応援やメッセージはこちらにどうぞ。

info@cael-utd.com

スポーツ冒険マガジン・ド級! 編集部宛

 

いただいたメッセージは大切に読ませていただきます。

おもしろいメッセージはサイト内でご紹介いたします!