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赤塚りえ子のジャジューカを全身に浴びる旅 その4

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久しぶりの更新です。

モロッコの音楽ジャジューカに魅せられて

毎年モロッコの村に旅するアーティストの赤塚りえ子さん。

今回はいよいよ最終回です。

赤塚さんの夢中のパワーをぜひご覧ください。

 

(文章・写真=池ノ谷英郎/聞き手=山本喜昭)

=====

 

赤塚>

私は母の死を忘れるつもりはまったく無くて、

一生私は悲しいと思うし、一生辛いと思うし、

一生悲しんでやれと思っています。

ウチの父も母もとてもポジティブな人で、

「こうしなさい、こうすると楽しいよ」

とか教えてもらったわけではないけど、

ふたりと一緒に生きてきて彼らの生き方を見ると、

本当に人生を楽しんで生きてきた、

自分が楽しいと思う方向に全力で突っ走ってきたというのが

伝わってくるんですよ。

人生を楽しむことを教えてもらったんだなって

ふたりが死んでからすごく思いますね。

最愛の人の死を目の前にするなんて、

こんなきついことってないじゃないですか。

今まで「死」って身近ではなかったし、

「死」って究極のことだし、

最愛の人を亡くしてはじめて死ってなんだろう?

って考えるとそれは「生」の一部であって

別に別世界の話ではないと思うんです。

だから死を向き合うことで生がより浮き上がるというかね。

だからこそ、1996年くらいに見た砂漠より、

今見た砂漠の方が鮮明で美しくて、ものすごくダイレクトだったし。

私はジャジューカも好きですけど砂漠も大好きなんですね。

毎年は行けなくなっちゃったけど、

砂漠を見に行ったりジャジューカを観に行ったりすることは

私にとってすごく大事なことなんです。

価値観をぶっ壊してくれるというか、

お金ではない価値観を見せてくれるというか。

私は「赤塚研磨工業株式会社」って呼んでいるんですけど、

砂漠に行ったりジャジューカに行ったりして

魂をクリアにしておかないと良いものを見落としてしまうんですね。

例えば夕陽をダイレクトに「夕陽」と見えないじゃないですか。

それをダイレクトに受け止めるには自分も努力していかないといけないんです。

東京って情報が溢れているから、

きちんと自分が何が好きかを持っていないと

情報に振り回されてしまうんです。

モロッコに毎年行くようになって今度で7回目になるんですけど、

だんだん自信が出てきたんです。

その自信というのはこういう村に行ったとかそんなものではなくて、

自分が好きなものがバシッとした軸が出来たそういう自信ですね。

必要じゃないものは見えてこなくなったし、

自分が必要なモノだけを拾えるようになったし。

 

 

山本>

まさに「研磨」ですね。

いらないものをどんどん削ぎ落とす。

 

 

赤塚>

そうそう、いらないものをどんどんどんどん捨ててね。

 

 

山本>

意識していないといらないものがどんどん付いてきますからね。

 

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赤塚>

今は自分にとって何が重要かっていうのがすごくクリアになった、

そういう自信ですね。

それは人に対する自信ではなく自分に対する自信です。

ジャジューカに行ったりしているのって、

外から見たらもしかしたら遊んでいるようにも見えるかもしれないけど、

私としてはすごく必要なことで、観光の気分でもないし遊びでもないんです。

 

 

山本>

「赤塚りえ子」を作るための必要不可欠な仕事ですよね。

 

 

赤塚>

そうなんです!人間いつどうなるか分からないし、

自分の目の前で最愛の人が死んでいくのを見てきたけど、

私は「母は天国に行った、私が死んだら母に会える」

という風には思わないです。

死をきちんと見つめるということなのかなって。

だからと言って刹那的に生きるわけではなくて、

砂漠を見に行ったりジャジューカに行ったりするのは、

全力で生きるとか、自分のアンテナをより良い方向に向けるための

必要な作業だと思っているんです。

 

 

山本>

遊びと仕事って対極的にとらえられがちだけど、

でも実は違っていて、昔ながらの生活というのは

仕事も生活も遊びもひとつのボーダレスな

いわゆる「人生という旅」なんだと思うんです。

それが分断された概念になっているから結構心の中のひずみが出て来てしまう。

 

 

赤塚>

そうそう、だからすごく分けちゃって、

仕事はめちゃくちゃストレス溜めまくるくらいまでがんばっちゃって、

遊びはいいかげんでいいかというとそんなことは決してなくて、

遊びだってがんばりたい。

人間が仕事も遊びもしているわけだから、

その分け方がおかしいんですよね。

ウチの父親はものすごくマジメな人で、

マジメだからこそ仕事もマジメだし

遊びも銀玉鉄砲を真剣に打ちまくったりして(笑)

彼にとって仕事とか遊びとか分かれていなくて・・・

 

 

山本>

今を一生懸命生きているってことですよね。

 

 

赤塚>

だから、私のやっていることは遊んでいるように見えるかもしれないけど、

遊びではないんです(笑)

私には必要なことだし、私は母が死んで精神的にどん底まで行って、

そこに留まるのか何かを学んで上がっていくのかの2つしか

選択肢がなかったんです。

私はそのまま留まったら死ぬしかない。

上がるんだったら思いっきり突っ走って

勢いよく生きていくんだ!って思ったんです。

ウチの母が自分の死を私に見せることによって

私は初めて「生」を意識したし、

死をもって教えてくれたことをきちんと

私が受け取らないといけない。

実際に私の体は父親の体半分と母親の体半分で出来ていますからね。

 

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山本>

変わるきっかけのところにいろんなものが集中していたんですね。

たまたまモロッコに誘われて、地震があって・・・

 

 

赤塚>

この音楽に出会って、この村に吸い寄せられて・・・

私はジャジューカに限らずアラブ諸国の音楽が大好きなんですね。

それまで私にはまったく無縁の音楽だったんですけど、

モロッコに行ったことで今はアラブ音楽を聴きまくっているんですけど、

音楽だけでなく文化的な魅力もすごくあって。

音楽も文化から生まれたものだから、

音楽を理解するためにはここの人たちの心を理解しないといけない。

でも、私はここで生まれ育ったわけではないからそれは難しい。

でもやっぱりちょっとでも理解するにはアラビア語かな?って思ったんです。

 

 

山本>

ほう。

 

 

赤塚>

でもそれはただのコミュニケーションツールとして言葉を習うのではなくて、

アラビア語のストラクチャーとか言い方の中に

きっと文化が入り込んでいるんじゃないかなって思うんです。

だからアラビア語を勉強しなければ!と思って勉強しています。

 

 

山本>

へぇ〜。

 

 

赤塚>

いつからだっけ?2012年頃から習っているかな。

 

 

山本>

アラビア語はアラブ諸国に通じるんですか?

 

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赤塚>

アラブ諸国の人たちが学校で習うアラビア語は

コーランとまったく同じものでフスハーと呼ばれるものなんですね。

フスハーが使われているのは新聞とかニュースとかなんですね。

 

 

山本>

標準語ということですか?

 

 

赤塚>

実際にフスハーが100%話されているかというとそうでもないんです。

だからまず私はフスハーを習ってから

モロッコの言葉に挑戦しようと思っているんです。

でね、面白いのが、最初はアラビア語が

まったく分からないときに行って、

その次もそこまでは分からなかったんですけど、

その間にアラビア語を習い始めたんですね。

文字も今までは何かが這っているようにしか見えなかったものが、

いつの間にかアルファベット的に見えるようになったんですよ。

かと言ってペラペラで話せるわけではないので

何が書いてあるか分からないんですけど、

これが文字に見えてくるとモロッコの一面が見えてきたようで・・・

 

 

山本>

知的探究心の旅でもありますよね。

現地に行っているだけでなくて、アラビア語を習うとか音楽を聴くとかね。

 

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赤塚>

そうそう!

例えばYouTubeでアラブ音楽を探していると、

最後の方は全部アラビア語になってくるんです。

何言っているのか全然わからないんですけど、

でも、アルファベットに置き換えていくと

歌手が分かったりとか地名が分かったりとかヒントが出て来るんですね。

で、そのヒントでネットで検索していくとまた新しい発見があったりして。

土木作業と研磨作業の繰り返しですね(笑)

 

 

山本>

遺跡調査にも似てますよね(笑)

 

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赤塚>

コツコツとね(笑)

私も初めてモロッコ行ったときには

漠然とカテゴリーしかわからなくて、

欲しいCDにはたどり着けなかったんです。

「この敗因は何だ?」

と思って

「ピンポイントで行かないからだ!」

ってことでそのカテゴリーから誰が有名なのかとか

そういうのを全部調べてメモして行って、

店でそのリストを見せたら出るわ出るわ!

前回はフェスティバルをジャジューカを含めて3つ回ったんですよ。

その町に行くたびにCD屋を回って120枚くらい買って(笑)

 

 

山本>

言葉が分かると情報が入って来るし、人との付き合いも濃くなりますよね。

ちょっとでもアラビア語を話してみると喜んでくれますよね。

 

 

赤塚>

少し心を開いてくれますよね。

アラビア語を習っていると、中学の英語の教科書で

ルーシーとトムとか出てきたじゃないですか。

それがアラビア語だとムハンマドがモスクに行くとか・・・

そういうのがたまらないんですよ!

 

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山本>

例文がそこの文化になっている。

 

 

赤塚>

言い回しとかもね。

日本語にも日本の文化がすごく入り込んでますからね。

でね、アラビア語をやっていると結構ドキドキしちゃうんですよ。

 

 

山本>

インターネットで調べたり本を読んだりしつつも現地に行って実体験のフィードバックがあるからやめられないんですよね。

 

 

赤塚>

絶対ライフワークになっちゃうと思うんですけど、

音楽っていろんな聴き方があると思いますけど、

ジャジューカが私にとっては音楽以上の存在になっていったんですね。

その土地に行って、そこの人と一緒に音楽を聴くと

その空気ごと体験出来るんです。

そこの地元で聴いた音楽は、行く前と行った後では違って聴こえてきて、

「グナワ」って音楽があるんですけど、

行く前でも十分しびれる音楽だったんですけど、

行った後では風とか温度とか匂いとかを感じますね。

 

 

山本>

そういう記憶とかも含めて音楽なんですね。

 

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赤塚>

地元の人がどういう風に聴いてどういう風に盛り上がっているのかを

そういうことまで見えます。

こういう音楽を日本で聴いていると、

マイノリティーな音楽になっちゃうんですよね。

日本ではメジャーではないじゃないですか。

でも、そこに行くと私がマジョリティーになるんですよ!

私が日本のレコード屋に行って

「グナワください」

って言っても

「グナワって何ですか?」

って言われちゃう。

でも、それが現地だと

「お前グナワ好きか!」

みたいな、それがすごく快感(笑)

 

 

山本>

赤塚さんの話を聞いていると、すごく探究心があってアンテナが広がって、

文化だったり土地だったり人だったり、

たまらなく楽しいと感じているポイントっていっぱいありますよね。

 

 

赤塚>

そうなんですよ、ヤバいですよ。

 

 

山本>

ヤバいですね!(笑)

 

 

赤塚>

ヤバいんですよ(笑)

なんかすごい面白い人との出会いがどんどん広がって、

同じアンテナを持った人がどんどん集まってきちゃってて。

 

 

山本>

ちょっと話が変わるかもしれないけど、

土地のパワーってあるじゃないですか。

ずーっとここで彼らの祖先から生活をしていて、

そこに根付いた記憶とかって必ずあると思うんですよ。

旅行先で土地のモノを食べると美味しい。

でも、単純に美味しいだけじゃなくて、

きっとそういう記憶とかそういうことも含めて感じると思うんですよ。

だから音楽も聴くことでそういう記憶に触れるんじゃないのかなって。

いやぁ〜ぜひ体験してみたいですね〜。

 

 

赤塚>

ぜひ!50人のうちまだ4人枠が残っているってつい先日お知らせがありましたので(笑)

 

 

山本>

(笑)今日はありがとうございました。お会いできてよかったです!

 

 

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おわり。

◇赤塚りえ子のジャジューカを全身に浴びる旅 その1◇

http://docue.net/archives/contents/joujouka_akatsuka_1

 

◇赤塚りえ子のジャジューカを全身に浴びる旅 その2◇

http://docue.net/archives/contents/joujouka_akatsuka_2

 

◇赤塚りえ子のジャジューカを全身に浴びる旅 その3◇

http://docue.net/archives/contents/joujouka_akatsuka_3

 

 

 

 

<ジャジューカ公式ページ>

http://www.joujouka.org/

 

<赤塚りえ子さんのプロフィール>

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