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赤塚りえ子のジャジューカを全身に浴びる旅 その3

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モロッコの音楽「ジャジューカ」。

ジャジューカに魅せられて毎年モロッコの村に旅する赤塚りえ子さん。

フジオ・プロダクションの代表として、

またアーティストとして多忙な赤塚さんが

毎年通われる、その理由がどんどんわかってきます。

三回目の今回は白熱のジャジューカのフェスの模様から

その文化、生活の話しまで様々。

 

しぇ〜!!な体験連発の赤塚さんの爆裂トークを

今回もお楽しみください。

 

(文章・写真=池ノ谷英郎/聞き手=山本喜昭)

=====

 

赤塚>

フェスティバルの2日目〜3日目になると、

演奏をしながら焚き火をやるんですけど、

黒のヤギの皮を被って伝説のブージュルードに扮した人が

出て来てオリーブの枝を持って炎の周りでダンスするんです。

それと音楽が混ざり合ってワ〜ッと・・・

 

 

山本>

周りの人は踊っているんですか?

 

 

赤塚>

踊っている人もいるし、座って聴いている人もいるし、自由です。

どこで聴こうが、自由。

私はマスターズが吹いている目の前で聴いてます(笑)

 

 

山本>

そんな至近距離で!(笑)

 

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赤塚>

そうそう!浴びるんですよ!ゼイタクですよね!

あと、去年はビートジェネレーション好きな面白い人が来ていて、

「ドリーム・マシーン」ってブライアン・ガイシンが作った装置が

あるんですけど、ライトがクルクル回って目をつぶってそれを見ると

ここにサイケデリックなものが見えるというもので、

バロウズも自分のショートフィルムで使っているんですけど、

それを生演奏のジャジューカでやろうとした強者というか

馬鹿野郎がいてですね。

私はその人大好きなんですけど(笑)

あと、この村にはフォトグラファーも多数来ていて、

この村はフォトジェニックでどこをとっても画になりますからね。

他にはビートジェネレーションの本を書いている人もいたし、

ブライアン・ジョーンズから来た人もいたし、

オーネット・コールマンから来た人もいたし、

大学の教授もいたし、私みたいなただ音楽好きな人も(笑)

様々な入口を通ってこの村に来ているんです。

 

 

山本>

世界中からきているんですね?

 

 

赤塚>

世界中から来てます。

以前、宇川直宏さんがやっているDOMMUNE(ドミューン)で

「ジャジューカの謎を解き明かす」みたいな番組を放送したんですけど、

25000人以上が視聴してツイートとかも途中でパンクしちゃうくらい反響があって、

最後に撮ってきた音源を流したら、

ドミューンを視聴している人って

ダンスミュージック好きな人が多いので、

そういう人たちが純粋に音に反応してきて

「あ、こういうの面白いな」って思ったんです。

そもそもジャジューカはブージュルードを踊らせるために

村人が演奏した音楽なので・・・

 

 

山本>

セレモニーの音楽ってことですもんね。

 

 

赤塚>

そうです。

で、ブージュルードがそこで踊ると村が栄えて豊作が約束されて、

というので毎年やっているんですね。

だから生粋のダンスミュージックとして

ダンスミュージック好きの人たちが

みんな反応してくれたのかな〜って。

で、番組中にフェスに申し込んだ強者がいたんですよ、また(笑)

 

 

山本>

ほう!

 

 

赤塚>

2013年に私と火元責任者(笑)としてそのCDを紹介してくれた人と

ジャジューカに行きたがっていたサラーム海上さんの3人で

行ったんですけど、DOMMUNE(ドミューン)放送中にフェスに申し込んでいた人が

現地に来たんですよ。

それがかわいらしい女の子2人なんですよ。

山奥ですし男の人たちが来ると思っていたんですけど、

彼女たちはジャジューカどこ?とかモロッコどこ?

とかいう前にこの音楽スゴイ!って思って

「こんなに何万人も視聴しているのだから早く申し込まないと

50人の枠が埋まってしまう!」

って慌てて申し込んだらしいんですよ(笑)

で、5人で行ったんです。

 

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山本>

スゴイ比率ですよね。10分の1が日本人だったわけですよね。

 

 

赤塚>

でも、去年はそんなに集まらなくて40人弱くらいかな?

その時に出ていたメンバーは2011年には

グラストンベリー・フェスにも呼ばれてますし、

ヨーロッパツアーにも出ているんですけど、

ブライアン・ジョーンズが録音した時のメンバーの息子とか甥とかが

演奏しているんですよね。

彼らの演奏を体験した5人はまた

「す、すごかったっす!!」ってなるわけですよ(笑)

で、イベントがあったりとか

サラームさんがラジオで話したり雑誌に書いたり、

私もWebで発表したり、個人的に言って回ったり(笑)

今年はたぶん日本人だけで15人以上いますね。

 

 

山本>

モロッコもびっくりですね(笑)

 

 

赤塚>

ですよね〜。

「なんだこのジャパニーズの集団は!」って(笑)

ヨーロッパの人は来やすいんですよ。

週末だけで来られるんで。

イギリスからならタンジェまで3時間くらいだし、

スペインならもっと近いし。

直行便もない日本の人たちがジャジューカを聴くためだけに

来るというのはね。驚きですよね。

映像とか音楽とか録って来たものを見て

「これは行かなくちゃまずい!」

って思ってくれた人がこんなにいてくれたと思うとうれしいですね。

 

 

山本>

赤塚さんの暑苦しいまでのジャジューカ・トークにだんだんと・・・(笑)

まさに口コミですよね(笑)

 

 

赤塚>

このタイミングで行かなければ自分では行かなかったと思う、

という人もいたし。

2012年に初めてジャジューカに行った時、

私、帰りに涙が出たんですよ。

マスターズは本当に素朴な人たちで、

音楽を日常の延長でやっていて音楽とともに生きている感じで。

音楽の素晴らしさと村の素晴らしさも体験できたし。

すごくもてなしてくれたし。

マスターズとお別れするときに涙が出てきたんです。

だから私はまた来年戻ってくる!って思ったんです。

村を離れた後、1日たりともジャジューカ村のことを

忘れたことは無かったんです。

で、2年目に行ったときに私はもう号泣ですよ。

マスターズが「おー!よく来たなぁ〜!」

って家族みたいに迎えてくれて、

私の言葉を信じて一緒に来てくれたサラーム海上さんや

友達たちにも「ありがとう」って感動して泣きまくったんです。

 

 

山本>

素晴らしいですね〜。

 

 

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赤塚>

村に行く道は一本道なんですけど、

舗装される前は砂利道で雨が降ると滝みたいになって

進めなかったって言ってましたね。

ブライアン・ジョーンズもこの興奮を体感しながら

この同じ道を行ったんだな〜って。

それ以来、私は彼を「ジョーンズ先輩」って呼んでいるんです。

 

 

山本>

ジョーンズ先輩!!(爆笑)

 

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赤塚>

そう、ブライアン・ジョーンズ先輩(笑)

しぇんぱいの思いがちゃんと40年後に私に伝わったんです。

 

 

山本>

面白いですよね。

その音楽が1000年伝わって、聴く側にもそうやって伝わっていくというのは。

 

 

赤塚>

だから私が望むのはこの音楽・伝統を守っていくことで、

それは本当に大切なことで難しいことだと思うんです。

ジャジューカだって電気が入ってここ10年くらい

だそうなんですよ。

電気が入ってそれとともに携帯電話やテレビが入って、と、

それを私は否定しませんし。

でも、町に出やすくなると、村も裕福ではないですから

タンジェ等に働きに行く人も増えていく。

結果、村で音楽をやる子が少なくなって・・・

となるとしたら、この音楽を何千年とつないでいけるか心配になりますよね。

 

 

山本>

そうですよね、どこのローカルな文化でも持っている課題ですよね。

 

 

赤塚>

そう。

で、世界には様々な事情で伝統が途絶えてしまったところも

あると思うんですよ。

でも、ジャジューカは私に生きるエネルギーを与えてくれた所ですし、

私が今こうして元気に生きているのもこのジャジューカのおかげですから。

私のこの思いを受け取ってくれる人が周りにいてくれることが、

この音楽が残っていくことにもつながるのかな〜って。

マスターズが村の子供たちにとって憧れの存在でなければいけないし、

子供たちに「俺もマスターズになりたい」と思わせたり、

タンジェに行って働くより村にいる方がいいって

若者たちが思うことも大切だと思うし。

 

 

山本>

僕の友人に北インドのラダック地方で活動しているNPO法人の代表がいて、

ラダックはチベット文化の幸せな経済圏だったんですけど、

西洋文化が入ってきて過渡期は若者たちが

自分たちの伝統文化を恥ずかしいものだと思い始めてしまったんですね。

テレビとかによって誘惑がとても多くなっちゃったんですね。

貨幣主体の経済に流れていって、貧富の差も大きくなってきて。

で、それを見直そうという動きが出て来ているんですけどね。

だからここ(ジャジューカ村)も同じ危険がありますよね。

 

 

赤塚>

そうですよね〜。

だから1年に1回、マスターズのすごさを聞きつけて集まる人がいて・・・

あのお父さんカッコイイ!とかね。

まあ、子供たちにとって音楽を始めるきっかけは何でもいいんですけどね(笑)

 

 

山本>

それは大事ですよね。

ちなみに演奏者には誰でもなれるんですか?

何人ぐらいいるんすかね?

 

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赤塚>

多い時には60人くらいいたこともあるそうですけど、

今は最大で19人で普段はだいたい11〜12人くらいだそうです。

ジャジューカというのは村の名前でもあるんですけど、

その地域全体の名前でもあるみたいなんですよね。

マスターズはフランス語も出来ないし、

アラビア語もモロッコ方言のさらに独特のアクセントがあって、

コミュニケーションというか細かい話は通訳が付かないと出来ない感じです。

でもね、全然問題ないです。一緒になって音楽を楽しんでいるから。

 

 

山本>

ですよね!

ジャジューカ村の人たちの大半はどんな生活なんですか?

音楽をやっていない人も含めて。

 

 

赤塚>

農業ってほどでもないみたいなんですけど、

土地がそんなに肥えていないところなので。

でも、ハチミツとかは有名みたいですね。

どこで養蜂をしているかどうかはわからないですけど。

あと、ヤギを放牧していたりとかはするんですけど、

そんなに豊かな村ではないですよね。

あとはジャジューカのマスターズの人でカフェを経営している人がいますね。

でも、私たちが思っているカフェとはちょっと違うんですけど(笑)

でも、この人たちは音楽をやっているから、

村の重要な宗教の儀式とか結婚式に呼ばれるんですよ。

だからそうやって音楽で生活をしているんですね。

地域に根差したミュージシャンなので需要はありますよね。

でも、モロッコが独立するまではスルタンに護られていて、

宮廷音楽家と言うとイメージが違うかもしれないけど、

大昔は戦場に行って演奏したりとかもしていたみたいです。

 

 

山本>

生活の中に信仰と音楽を分けることなく取り入れている感じですね。

 

 

赤塚>

本当に自然な形で音楽を取り入れていますね。

フェスティバルって言っても、

誰も聴いていなかったりすることもあるんですよ。

寝に行っちゃったりとか散歩しに行っちゃったりとかして。

私たちみたいにいつもマスターズにかぶりつきになっている人が数人だけいて、

あとの20〜30人はどこに行っちゃったんだ?

って感じの時もあるんですけど、

彼らはそんなの構わずに演奏をしているんです。

すごく自然に。

でも、実際の村の人口は減ってきているみたいですね。

 

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雑談はいよいよ次回が最終回。

次回も爆風熱風台風ドカドカトークに乞うご期待!

 

◇赤塚りえ子のジャジューカを全身に浴びる旅 その1◇

http://docue.net/archives/contents/joujouka_akatsuka_1

 

◇赤塚りえ子のジャジューカを全身に浴びる旅 その2◇

http://docue.net/archives/contents/joujouka_akatsuka_2

 

 

 

<ジャジューカ公式ページ>

http://www.joujouka.org/

 

<赤塚りえ子さんのプロフィール>

こちらからご覧ください。

 

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