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雑談インタビュー〜福元ひろこさんの歩く旅、巡礼の路〜その3

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ハイサイ、お待たせしました。

世界中の巡礼路を歩く旅人の福元ひろこさんとの雑談インタビューの三回目。

前回は、途中、いわゆる南京虫にやられてしまい、

もう日本に帰りたい!てな状況に追い込まれていた福元さんに

どんな奇跡が起こるのか、ぜひお読みください。

(前回はコチラ:http://docue.net/archives/contents/fukumotohiroko_2

 

(文章・写真=池ノ谷英郎/聞き手=山本喜昭)


 

福元>

もう帰ってますね(笑)

しかも、不思議なことに、その宿はちょっと変わった場所にあるから

あんまり人は来ないはずなのに、

その日の夕方たまたま現れた巡礼者が

たまたま南京虫に効く薬を持っていて、

それを私にくれたんです。

お礼を言ったら

「いや、僕も他の人からもらって治ったから、

次は君の番ってことなんだよ。僕はもう治ったから君にあげるよ」

って。

ちなみにその薬は私が治った後、

数日後に出会ったカナダ人がチンチェスに苦しんでいたから

「君にあげるよ」って渡したんですけど(笑)

 

 

山本>

へぇ~。

 

 

福元>

歩く旅をしていると、「所有」という概念が薄くなっていくんですよね。なぜか。

だから分かち合いみたいなものが当たり前のように起こるんです。

「これは俺の薬で、限られた荷物しか持ってなくて

またいつ虫にやられるかわからないからお前にはやらない!」

とかじゃなくて、なぜか不思議と

「次は君の番だから君にあげるよ」

ってなるんです。しかもそれで困らないようになっているんです。

というのも、実際、カナダ人に薬をあげた後もまた虫にやられたんですけど、

その時には別の治せる何かが手に入ったんですよね。

 

 

山本>

面白い!

 

 

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福元>

話がちょっと脱線しますけど、そういうのをみんなが体験したら、

それってある意味世界を信頼出来る、ということじゃないですか。

結局、蓄えとか所有するのって、恐れから来ていると思うんですよ。

老後の心配とか病気になったら困るとか。

でも、そんなに恐れなくても、困ったらその時は誰かが助けてくれたり

世の中が大丈夫なように出来ている、と、みんなが心から思えたら、

無駄な蓄えとか所有をしなくなって

もっともっとお金とかいろんなものが循環していくんじゃないかなって

思うんです。

ガンジーの言葉で、

「この地球は、すべての人の必要を満たすのに十分なものは存在するけれど、すべての人の“欲望”を満たすほど十分はない」

という言葉があるんですけど、多分それは真実だと思うんですよね。

勇気を出して、恐怖を手放し、みんなが本当に「必要なもの」だけをもっていたら、

ちゃんと回るようにできていて、絶対に困らないようになっているんだと思うんです。

 

 

山本>

みんな将来の不安とかリスクに備えてとか、

保険なんてその最たるものだと思うんですけど、

世の中がうまく出来ているということを

学べるとすごいことになりますよね。

巡礼、行ってみたいですね。

 

 

福元>

ぜひ行ってください!1人でも多くの方に行っていただきたいです。

 

 

山本>

走りに行こうかな。

 

 

福元>

走ってもいいけど、走っていったらもったいないですよ!

 

 

山本>

そっか、大事なところを通り過ぎちゃいますね。

 

 

福元>

人と出会ってコミュニケーションするのも醍醐味だと思うんですよ。走っちゃうとちょっと速いです、しゃべるのに(笑)

 

 

山本>

そういうことを体験するまでの福元さんは、

日本でそういうことに出会ったことはあったんですか?

 

 

福元>

世の中うまく出来ている、ってことですか?(笑)

 

 

山本>

何かが起こったときに何かに助けられたりとか。

でも、そういうことって心を遮断していたら

何も起こらないじゃないですか。

特に海外ではいろんなものを怖がるあまり

心にバリアを張っちゃって何も起こらないというか。

サンティアゴ巡礼のビフォーアフターで結構変わったんですか?

 

 

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福元>

(サンティアゴ巡礼に)行く前にそういうのがあったかと言われると、

少しはあったと思うんですよ。

ただ、それは巡礼で体得したような、安心感に満ちたものではなくて、

運がよければそういうことが起こるかな?

ぐらいで、時々しか起こらないことだと思っていたんです。

だから「将来の心配なんてしなくても大丈夫なんだ」

なんて言いきれるほどでは無かったですね。

あとは、巡礼路を歩くことって、文字通り人生の縮図なんです。

そこにギュッと凝縮されているんですよ。だから、分かりやすい。

今までお話しした、サンティアゴ巡礼路での気づき、出来事、みたいなことって

人生でも体験出来るけれど、実際の人生はもっと複雑だから、

「すべてはうまくいくようになっている」

ということが、分かり難いと思うんです。

つまり、一見「災い」と見えた出来事と、それによって引き起こされた

「災い転じて福となった」その「福」との関係が

見えにくかったりする。特に些細なことは。

「引き寄せの法則」とか数年前に流行ってましたけど、

そういうことも、あんまり時間差があると因果関係が分かりづらいでしょう?

どういう心持ちのとき、どういう思考でどう動いた時、何が起きたか、というのが。

でも、巡礼路を歩いていると、とにかくシンプルな日々だからとても分かりやすい。

例えば…ここの宿に泊まれば素敵なニュージーランド人と

また会えるかな~とかね(笑)。

そうやって計算して泊まると良いことが無いどころか

ハズレの宿でまた南京虫に噛まれるとかね。

例えばね、例えばですよ!(笑)

反対に、何となくこの町の雰囲気が好きだから

まだ10㎞しか歩いてないけどここで泊まろう!

と、直感というか、フィーリングに従うと、ずっと会いたかったのに会えなかった

カナダ人の大親友と再会できたり、とか。

そういうのが凝縮されていてタイムラグも少ないから

「この世界は困らないようにできている」とか、

「頭で思考するのではなく、フィーリング、直感に従うと、スムーズにいく」とか、

そういう、宇宙の法則、というと怪しいですね(笑)

つまり、自然の摂理、が、すごく分かりやすいんです。

 

 

山本>

いいですねえ〜。だから、そういう風になったんですかね、巡礼って。

 

 

福元>

どうなんでしょうね~?

 

 

山本>

皆さんが昔から同じような体験をしているってことですかね?

 

 

福元>

あるかもしれないですね。すべてがうまくいっていると

みんなが気付くかどうかは分からないけど、

やっぱり無駄な思考とか欲にまみれたものが浄化されるっていうのは

あると思うんですね。

だからたぶんスペインの道も熊野(=熊野古道)の道も

両方とも「よみがえりの道」と呼ばれていて、

行くと生まれ変わる、新しい自分になる、

と言われているのはきっとそういうことなのかもしれませんね。

心の穢れが取れていくんじゃないですかね。汚い心が…(笑)

 

 

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山本>

煩悩が…(笑)

 

 

福元>

そうそう、煩悩が!

それこそお釈迦様もずっと歩き回っているわけじゃないですか。

解脱に至るために瞑想したり歩いたり。

 

 

 

山本>

そうですね。内田さん(レイラインハンターの内田一成さん)が

体験した山岳修験とかもあちこち移動しますからね。

 

 

福元>

国を越えても同じようなものがあるというのは

きっとそれが真実なのかも知れないですよね。

 

 

山本>

そうですね、遠い昔から人は移動し続けていますからね。

 

 

福元>

歩くということは人間にとって根源的な移動手段ですよね。

 

 

山本>

ちなみに…足とか痛くなるでしょ?急にフィジカル的な話になるけど(笑)

 

 

福元>

私は本当に足より肩が痛くなるんですよ。

それは人によって違うのかもしれないんですけど、

スペインを歩いた時のリュックサック気に入っていたんですけど、

熊野古道を歩いた時に違うメーカーのリュックサックにしたらそこまでじゃなかったんですよ(笑)。

 

 

山本>

リュックサックの機能性の問題かもしれない??(笑)

 

 

福元>

それもあったのかもしれないですね(笑)。

足の裏にマメが出来て苦しんでる人が多かったですけど、

私は運よくマメは出来ず。まあ、肩と虫ですねぇ、

フィジカルな面では。

 

 

山本>

僕もランニングをするので分かるんですけど、

長い距離を走ると肩とか足とか痛くなったりしますよ。

 

 

福元>

走っていると肩痛くなるんですか??

 

 

山本>

長い距離を走っていると肩も痛くなりますよ。

肩甲骨とかも使うので。

ずーっと痛みとかに向き合っていると

どんどん痛くなってくるんですよ。

そういうことってなかったですか?

逆に気にしなかったりすると痛みが気にならなくなったり…

そういうのないですか?

 

 

福元>

ありますね。

私が右も左も分からず苦しんでいたフランス国内では、

出会ったオランダ人から

「もっと手をうまく使え!

あたかもロボットのように滑らかに歩くんだ!」

って言われたんですよ。

だからそれ以来、痛くなったり苦しくなったりしたら

「私はロボットなんだ」

って思って、ロボットのように歩いていたら痛みが和らいだりすることはありましたね(笑)

 

 

山本>

いろんなごまかし方がありますよね(笑)

実際に痛くなる瞬間に、無理やりごまかそうとする方法も

いろいろありますよね。

歌を歌ったり空を見上げたりとか。ロボットもその1つですよね(笑)

 

 

福元>

そうですね、そうそう(笑)

 

 

山本>

いろんな引き出しが増えていくでしょ?

旅して経験を積み上げていくと、痛みを忘れる方法とか、

いろんなことをキャッチアップするアンテナとか。

 

 

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福元>

そうですね。熊野の時は、伊勢路って特にアップダウンが

激しい峠道が多い道なんですけど、

私は登りがすごく苦手なのでそういう時は

ロボットのように滑らかには進めないので、

「一歩、一歩」って言って歩いてましたね(笑)

 

 

山本>

実際に口に出して?

 

 

福元>

誰もいなければ口に出し、人がいれば心の中で

「一歩、一歩」って感じでしたね。

 

(つづく)


第3回の雑談はここまで。

次回もどんな濃密な話になるのか、ご期待ください。

 

 

雑談インタビュー〜福元ひろこさんの歩く旅、巡礼の路〜その1

http://docue.net/archives/contents/fukumotohiroko_1

 

雑談インタビュー〜福元ひろこさんの歩く旅、巡礼の路〜その2

http://docue.net/archives/contents/fukumotohiroko_2

 

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歩く旅人 福元ひろこ(ふくもとひろこ)