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まるで人生そのもの。アラフォー女子ブロガースペイン巡礼800kmの旅

サンティアゴ・デ・コンポステーラ。

エルサレム、バチカンと並ぶキリスト教三大巡礼地のひとつです。

ここには、世界各国から巡礼者や旅人たちが巡礼路を通って集まります。

その道は世界遺産でもあります。

 

ある日思い立って総距離800kmにも渡るこの巡礼路を歩いて旅することにしたアラフォー旅ブロガーの照井悦子さんが長大な旅を振り返ったエッセイを寄稿くださいました。

 

暮らすように旅する、をテーマに歩く照井さんは旅でどんな変化があったのでしょうか?

 


 

【私はどこへ行きたいのか?】

 


「自分は何のために東京に住んでいるのか?」


そんな想いが漠然とあった。

仕事、友達、環境。

満足しているように見える都会の暮らし。

だけど、ポッカリと穴が空いたかのように、
満たされない気持ちがあった。

「よし、旅に出よう。でもどこへ行きたいの?」

世界一周で行った国を増やしたいわけでも、

世界遺産巡りをしたいわけでもなかった。

アラフォーにして、

得意な事があるわけではない。

「住むように旅がしたい」

現地の人たちに触れ、現地の食べ物を食べ、
自然に触れることが出来たら幸せだと思った。

 

もう一度自分の心に問いかけた。

 

「どこへ行きたいの?」

 

6年前に、友人がスペイン巡礼へ行った事を思い出した。

 

「スペイン巡礼へ行きたい。」

 

自分の中でずっと引っかかっていた、

キーワードだったのだと思う。

 

最初は漠然とした思いであったが、

湧き上がるように、その想いは強くなった。

 

そこへ行くのは必然だったかのように。

 

「スペイン巡礼ってどんなところなんだろう?」

 

そんな漠然とした想いを取り払うかのように、

 

私はスペイン巡礼について調べた。

 

調べていくうちに、巡礼への想いが湧きがる。

 

人々との出会い。

 

人生を変える。

 

街並み。

 

食べ物。

 

そう。

行く前から、すでに私はスペイン巡礼の虜になっていたのだ。

 

【スペイン巡礼を知るキッカケ】

スペイン巡礼の話を聞いたのは今から6年前の事だった。


ヨガを学ぶためインドへ行った帰りの事。

インドからスペイン巡礼の旅へ行く友人がいたのだ。


「800km歩くの?40日間かけて?」

「何それ、歩くなんて信じられない。」

 

”スペイン巡礼”

 

と聞いても、

その時は、ピンと来なかった事を覚えている。

 

【スペイン巡礼を歩くために東海道を歩く】

「スペイン巡礼を歩きたい!!」
その想いだけが漠然とあった。


「歩くために何をしよう?」


私は体力作りのため、ランニングから始めてみた。

ランニングを始めると、

友人からマラソンの誘いがあったりもした。

 

しかし、タイム時間の縛りがある事が

好きにはなれなかった。

 

歩くために体力作りを開始したけれど、

 

「1日20kmを歩くのって、どんな感じなんだろう?」

 

「自分の足でどのくらい歩けるのか?」

 

「20km歩くのは、どのくらい時間がかかるのか?」

 

まずはそこを知りたかった。

 

そこで、思いついたのが、

東海道五十三次を歩く事だった。

東京日本橋から京都三条までは約600km。

スペイン巡礼を歩くのには少し距離は足りないものの、

800kmを歩くには良い練習になる。

 

「日本も知らないのに、海外へ行くの?」

 

この言葉も自分自身が引っかかっていた

キーワードだった。

 

海外の人達に日本の事を聞かれた時に、

古くから浮世絵として日本人に愛されてきた

素晴らしい風景を話せたら、

という気持ちから、ちょうど良い距離の東海道を選んだのだ。


見たことのない日本の景色。

 

知らない場所へ足を運ぶワクワク感。


孤独な時間も度々あった。

 

でも、それさえも楽しめた。

一年後に”スペイン巡礼”を歩きたい気持ちが

あったからこそだ。


そうして、休みを使い、何度かに分けて、

東海道を日本橋から京都までたどり着くことが出来た。


私1人の力ではなく、

友人達の支えもあり、

歩く事への自信に繋がったキッカケがこの東海道の旅だったのである。

 


【スペイン巡礼へ向けて出発】

2017年5月21日、私は日本を出発した。

チケットを購入するまでは、実感がなかったものの、

いざチケットを購入すると、

不安よりワクワクが止まらなかった。

 

あとから振り返っても、

このタイミングでの出発だったんだろうと

思える程のワクワク感だった。

 

なぜなら、私は自分の経験から頭で考えるよりも直感で物事の判断をする。

 

出発日を決めた時、私自身、一番しっくりと来た日がこの日だったのだ。

 

日本を出発してからスタート地点に到着するまでは、3日かかった。

 

フランスの国境を越え、スペインへ向かう。

一番最初から山登りが待っていた。
ルートは2つ。

キツイルートを選ぶか、

車の通るルートを選ぶか・・


私が選んだのは車の通るルート。
道はなだらかながらも、照り返しもあり、

「これが巡礼の旅なのか?」

 

と思うほどキツく感じた。

この先の事を考えると、

1人で歩く事が

この時初めて不安になった。

 


【全ては用意されていたのだろうか?】

私が選んだルートを歩いたのは、たった3人だった。

イタリア人夫婦と私だけ。

 


あとから歩いて来る人もおらず、
途中で別れて歩いたため、私1人で山道を登った。

「本当にこのルートなんだろうか?」

不安がよぎる。

しかし、この夫婦に会っていなければ、
私はもっと路頭に迷っていたかもしれない。

私1人で歩き始めたスペイン巡礼だったが、
人に恵まれ、スタートした日から、
最後まで私1人で歩く事はなかったのだ。


必要な時に、必要な人が現れるのだ。

 

歩いて2日目、足の爪が剥がれそうになった

状況を見ていた、イタリア人女性が

私がスペイン語を話せない事を知り、

一緒に薬局に行ってくれ、薬局の人に状況を

説明し、必要な物を購入する事が出来た。

 

そして、この日もう1つの出来事があった。

韓国人3人と日本人のおじさまに出会った

のである。

この先ずっと歩き続ける、メンバーとの出会いだった。

私1人で、旅に出たつもりだったが、

スタートした日から、全ては用意されていたかの

ように、次々と奇跡が起こったのだ。

 

「私はツイてる!」

 

この旅へ行こうと決めた日から、奇跡は始まっていたのかもしれない。

 

もしかしたら、日常の中にもあるはずなのに、

雑多な場所にいるために気がつかないだけなのかもしれない。

 

奇跡は常に自分のそばにある。

 

そんな思いを実感する機会となったのである。

 


【世界中から人が集まる場所】

宗教、性別、年齢、文化を飛び越え、

今やスペイン巡礼を歩く人は、
年間20万人を越えている。

 

オランダの自宅からスペインへ来る人。

何度かに分けて歩く人。

すでに、数回歩いた事がある人。

この先の人生をどのように生きるか、考えている人。

スペイン巡礼に興味がある会社の経営者。

就職前の学生。

色々な人達と出会った。


ただ、どんな人であろうとも

共通している事がある。

 

それは、サンティアゴ・デ・コンポステーラ
を目指し、日々、自分の足で、
自分のペースで歩き続けているという事。

「その人にどんな事情があるのか?」

なんて、聞く人は誰もいなかった。

 

人は皆、1人では生きてはいない。

国籍や性別、年齢は存在せず、
歩くスピードにより、何度も顔を合わせる
仲間がいた。

 

言葉が通じなくても、顔を合わせ、
挨拶をすることで、旅で出会う仲間は

安心出来る家族のような、

まるで昔からの友達のような存在だった。

 


【シンプルだからこそ見えてくるもの】

毎日、自分のペースで20km〜30km歩く。


自分は何のために歩き続けるのか?

怒り、悲しみ、後悔、嬉しさ、楽しさ。


自分の中にある感情が湧き上がって来る日も

あった。

 

「自分とは、何なのか?」


その答えをいつも探していた気がする。

 

日常生活を送っていると、単純な感情さえも
見落としてしまう。


隠して生活しているかもしれない。


だからこそ、ただ歩き続けることの意味を
探し続けていたんだと思う。


色々な感情の中で私たちは歩き続ける。


しかし、最後は笑顔になる。


それは、渦巻く自分の感情を受け入れた事による笑顔なのかもしれない。

 


【歩く事が困難になった日】

毎日、長時間歩き続ける事は日常生活において
ない。


帰国日が決まっていたから、
1日30kmペースで歩いた。

 

いくら健脚の持ち主であっても、
膝に痛みが出たり、足首に違和感が出たりと
足に故障を抱えて歩いている人達を
何度も見かけた。


私も、その1人だった.。


足首の腫れが引かず、歩くスピードが落ち、
足を引きずりながら歩いた日もある。


その時は、さすがに休足日を設け、

今後、歩き続けるための手段としてバスを使った。

 

「この先歩けないかもしれない。」

 

何度も何度も、この言葉が頭をよぎった。

 

自由がきかない足を目の前に、私は悔しくて

泣いた日もあった。

 


【仲間の存在】


どんな時でも、支えになってくれていたのは、
最後まで共に歩いた仲間の存在だ。

 

ここでも、カミーノの洗礼をもらったのだ。

 

※カミーノとは、ヨーロッパ各地から

スペインにある、サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの道の事である。


歩く事が困難になった時、いち早くバケツを
用意し、アイスを用意し、2時間のアイシングが終わるまで、話相手になってくれていた仲間がそこにはいた。

 

それは、言葉はなくとも、

 

「共に最後まで歩こう」

 

という仲間からの意志の表れでもあっだのだと思う。

 

その時私は、感謝すると共に、

心からの誓いが湧き上がった。

 

「どんな状況でもこの人たちと最後まで歩こう」

 

こんなに素晴らしい仲間に出会えた私は

本当にラッキーだった。

 

毎朝、私の足の状態を確認し、

自分のペースで歩き続けた日も、

いつも隣には仲間がいた。

 

仲間に迷惑をかけないため、

私はストックを購入しようと考えていた。

 

そんな時、仲間は

丁度いいサイズの落ちていた木を
ストック代わりに用意してくれたりした。

私1人で歩いていたら、

最後まで歩かなかっただろう。


居、食、住を共にし、心が折れた時も
私が最後まで歩いたのは、
側でいつも見ていてくれる仲間の存在があったからだった。

 


【歩く事は人生そのもの】

平坦な道を行く日、登り下りのある日、
ひたすら悪路を歩く日。

日陰がなく、炎天下の中をひたすら歩き
続けた日。

突然の雨に洋服がびしょ濡れになった日。

自然の中を歩くと、1日として同じ日は
なかった。


日常生活において、忙しい日々に追われ、
時間に追われるばかりで、

 

「1日として同じ日はない」

 

その事自体を忘れてしまう。

大地を感じ、風を感じ、広い空を感じ、
太陽を浴びている事を感じ、
鳥の鳴き声を聞いて、私たちは自然の中の一部にすぎないと感じた。

 

そこに存在しているのは、自分が歩いている
という事実。

それこそが、生きてると感じた瞬間であり、
人生とは、シンプルだと感じた瞬間だった。


「人生が変わる、スペイン巡礼」

という言葉を耳にした事がある。


変わっても、変わらなくても、
自分は自分なんだという事。

ありのままに、生きてこそ、人生は変わるのではないかとこの旅を通じて学んだ。


ここで、出会った人たちは、それぞれの国に
帰り、日常生活を送っている。

もう会う事さえないかもしれない。

けれど、出会った事実は変わらない。

 

いつまでも記憶の中に存在していることは、
変わらないだろう。

人生は長いようで、短い。

このスペイン巡礼の道は、まるで自分の生涯を
表しているような旅だと感じた。


感じ方もみんな同じではない。

それでいいのだ!

人生とは、困難と感謝の連続であるに違いない。

 

 

(文・写真提供:照井悦子)


 

照井悦子さんのプロフィール

照井悦子(てるいえつこ)